2013年01月02日

天狗山に初詣(1/1)

元日は以前から気になっていた羽黒の天狗山に初詣。
羽黒大宮神社の裏手を直登していく。隠れスポットで誰もいない天狗山頂上には、荒木大神が鎮座しており数本の剣が刺さっている。どうか良い年になりますように。

《写真中央の緑の鎮守の森が羽黒大宮神社、右上が天狗山。左上は片山》
片山&天狗山.JPG
《天狗山山頂》
荒木大神宮.JPG
《鳳凰三山を望む》
天狗山から鳳凰三山.JPG



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2011年05月16日

甲府史跡めぐり

DVC00249.JPG1年ぶりに切れていた自賠責に入りべスパと路上復帰した。普通、1年も乗らないとバッテリーが上がってしまうのだが、吾輩のべスパはP125Xは古いのでバッテリーがそもそも搭載されていない。ゆえに、容易に復活する。方やホンダの原チャリスクーターは半年ばかり乗らないだけでバッテリーは上がり、キックでエンジンかけたら白煙もうもう。常時ヘッドライトが点灯するので、走ってもバッテリーは回復しないので、再充電が必要。
今回の原発事故とも重なるが、科学技術の進歩による便利さの裏側に、危うさ、脆さが潜んでいることを教えてくれる。

娘の原チャリ路上教習を兼ねて、新旧スクーターで出かける。
武田神社の先の興因寺、積水寺という古刹を訪ねる。積水寺には武田信玄公の産湯の井戸が残っている。

せっかくなので要害山まで足を延ばす。ここは武田信玄の父信虎の山城だったところで史跡に指定されている。
DVC00252.JPG


これまで登る機会がなかったので登山道入り口にスクーターを置いて、山頂を目指す。途中、武田不動尊の像がある。






DVC00256 (2).JPG











山頂の城跡を確認し下ってくる。天気もよいし、前日、同窓会で痛飲したせいか喉が渇く。積翠寺温泉要害の玄関脇にわき水「石水」があった。喉を潤し、自宅コーヒー用にペットボトルに石水をいただく。









DVC00263.JPG

武田神社をちょこっとのぞき、武田通りを下り始めると手打ちそばのノボリが目に入った。こんなとこにソバ屋があるとは知らなかった。腹も減ったので、この普通の民家のようなソバ屋に入り、もりソバと鳥モツを注文。やくみのわさびは本わさびとサメ肌おろし付き、主人のこだわりか。



食事をしてお会計、おつりをもらうとき、主人の顔を見て驚いた。昔、仕事を一緒にしていた定年退職した先輩であった。お互いびっくり。
そういえば、昔、先輩の親の葬儀で会葬にきたぞ、この家。記憶フラッシュバック!



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2011年02月13日

厄除け地蔵2011


110213厄除け地蔵尊
地元湯村の厄除け地蔵尊まつり。
今年は日曜日の午後から月曜日の午前中までということもあって、暖かい日曜日の昼間すぎは、結構の人出だったらしい。吾輩が出かけた夕方には、待ち時間もなく参拝できた。
混雑していないお祭りは、歩きやすくていいのだが、熱気がなくて、ちょっぴりさみしい。

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2009年11月27日

炭焼き師養成講座


炭焼き昨日から甲州市大和町の日川渓谷で炭焼き師養成講座が始まった。
この講座には20名もの応募があったとのこと。炭焼きに対し関心の高い方々がいるものだと改めて感心し、日本の伝統的な炭焼き技術が継承されることをたいへん喜ばしく思うのであった。

昭和30年頃は、このあたりにも200名におよぶ炭焼き師がいたが、現在では自ら炭窯が作れる生粋の炭焼き師は1人になってしまっている。この状況からも、炭焼き技術の伝承は非常に重要な意味をもつと言える。

昔は、山村の貴重な収入源として、炭焼きは重要な産業であったが、石油やガスへの燃料革命による人間の生活スタイルの変化は、炭の需要を激減させた。この結果、林業・炭焼きによる収入を失った山村からは多くの若い労働力が都会に流出し、活気のあった山村も過疎化が進み、山は放置され、田畑では獣害が増加し、世代交代により自分の山の場所すらわからないといった状況を生みだし、森林や山村社会の存続に関して問題が深刻化している。

こんな中にあって、炭焼きを通し山林資源を上手く活用しようと集まった参加者の今後の活動に大いなる期待を抱くのである。今夜は泊まりがけで交替で炭窯の番をするそうだ。頑張れ炭焼き師!
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2009年10月10日

甲府一高強行遠足

一昨日、ロドリー遠藤から送られてきたメールによると、甲府一高の強行遠足の手伝いで野辺山に行くことになったので、いっそ後輩達を応援するため沿道にて演奏しませんかとの提案。
そいつはグッドアイデア!面白い!しかし・・
土曜の深夜か〜。翌朝は地元の運動会で早朝からの準備、難しいなあ。
でも、なんとか無理すりゃ行けるかもと考えていたが、また、メールが届いた。

昔は野辺山は深夜に通過する地点で、駅前でしじみ汁などが振る舞われ、小海線の踏切脇では吹奏楽部のOBがラッパで応援してくれる要のポイントであった。しかし、何年か前の交通事故の後、しばしの休止期間を経て復活した強行遠足は、終点が小諸から小海と距離も105Kmから75Kmに短縮され、出発時間は昼から夜10時と遅くなったことにより、野辺山通過は早朝になったとのこと。
それでは、運動会の準備には間に合わぬ。断念。

しかし、夜の10時に出発した一高生は、我が家の近所の通称水道径(すいどうみち)を走ってくるはず。夜10時を過ぎた頃、水道径に出てみると、沿道にはちらほらと応援や見送りの住民。そして、くるわ、くるわ、走るのもいれば、歩くのもいる。こんばんわと快活にあいさつしてくる生徒も多い。なんだかうれしくも懐かしい気持ちになっって、しんがりを見届けるまで、その場でしばしエールを送ったのであった。

ふと夜空を見上げると、きれいな星空が広がっていた。かつて深夜の強行遠足、八ヶ岳あたりで確かこんな夜空の星を見ながら歩いたっけ。

あれからもう30年。

頑張れ一高生諸君!

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2009年03月29日

懐かしの喜久の湯


喜久の湯昭和元年創業の喜久の湯は、太宰治が甲府に住んでいた時に通っていたこともあるそうで、今もその面影を残す風情ある銭湯である。
近所にある富士見温泉や鷲温泉が軒並み営業を止めてしまったこともあって、吾輩は先週末、甲府市朝日町にある喜久の湯に足を伸ばしてみた。
喜久の湯の暖簾をくぐると、急激に懐かしい気持ちに包まれた。
何を隠そう吾輩がまだ物心付く前の幼き頃、風呂のない借家住まいで、ここを頻繁に利用していたのだ。
下駄箱から、番台、脱衣所、体重計まで、どれも懐かしさいっぱいで、吾輩の微かな遠い昔の記憶が呼び覚まされる。
そうそうここなのだ。当時まだ幼かった吾輩は広い銭湯が嬉しくて、走って、滑って、転んで、たんこぶを作ったらしい。
今では、どの家庭にも風呂がある時代で、銭湯はいくつも店をたたんでしまっているが、まだこうして頑張って歴史を刻んでいることは、嬉しい限りだ。
しかも天然温泉なのだ。酒の飲み過ぎで少々疲れた胃腸にも良さそうである。源泉をごくり。
ゆったりとした時間を過ごし外に出る。

朝日町旧家すると、今まで気がつかなかったが、はす向かいの民家が、これまた風情あることこのうえなし。

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2008年04月27日

鷲温泉がお色直し


鷲温泉1昨日のライブの疲れ(朝帰りだから未明の飲み疲れか?)を癒すため、夕方、湯村の鷲温泉に出かけた。

つい最近、鷲温泉は改装を行い壁に木の板を配し、外観がすごくきれいになった。




鷲温泉2

番台の女将さんに「いや〜、実にきれいになりましたねえ。見違えるようですね。」と言うと、女将さんは「そうでしょ、そうでしょ。私、今とても幸せなの!」とたいへん嬉しそうに言った。




鷲温泉3


中は、昔と変わらない様子であるが、これはこれでよいのだ。(洗面器は黄色のケロリン)
お客さんは私の他は1人だけ、ゆったりと疲れを癒す。



遊歩道1



湯上がりに湯谷神社に参拝し、竹中美術館につながる新しくできた遊歩道を歩き、森林セラピーによりさらに身体を癒す



遊歩道2

山から下ってくると、閑散としていた鷲温泉だったが、温泉の前に車が4台(吾輩のNッコロも含めて)も停まっていた。

早速、改装した効果が出てきたのかな。






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2005年10月05日

黄金色の石の記憶


20051005d9e6148c.jpg 子供の頃、甲府の駅前ロータリーには噴水があった。黄金色の宝石みたいな石を盛りつけたお椀の中心から水が吹き上がり、その宝石の山にキラキラと降り注いでいた。幼心にいつかあの石を手に取ってみたいものだと思いながら、バスを待つ間飽きもせず眺めていた。それから何年かすると水がでることもだんだん少なくなり、ある日なくなってしまった。あの黄金色の石はどこにいったんだろうか。
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2005年09月22日

善光寺


20050922f3807100.jpg 去る9月3日に日本のハーモニカのトッププレイヤーである八木のぶおさんとコテツさんのダブルハーモニカと、ピアニカ&ピアノの照本史さんという、とことんシンプルな編成の「ハープマッドネス」の甲府初公演があった。あの小さなハーモニカから発せられるおどろくほど表情豊かな音色に魅了されたね。
 さて、その翌日は、メンバーとうどん屋に行ったついでに近くの甲斐善光寺に立ち寄ることとした。長野の善光寺に比べれば、地味であまり観光地化してない甲斐善光寺だけど、そのおかげで、じーくりと楽しむことができた。
 何度も試した鳴き龍(ブウォ〜ン、ブウォ〜ン)、漆黒の闇の戒壇巡り(コテッちゃんライトは駄目だよ!)、見てびっくりの小野小町(ギョエ!マジ!)、池の鯉たちとの戯れ(バクバク!)など、歴史の一端ふれながら、まったりしながら愉快なひとときを過ごしたのである。
 そうそう、境内の茶店で食べた『信玄アイス』。どこが信玄なのかわからんが、きな粉と黒蜜がけのアイスで予想を遙かに超えて美味かったぞ。なにやら大河ドラマも山本勘助だとか、信玄アイスいけるかも。
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