2011年03月26日

おいしい水の意味

今から10年前に作った曲「おいしい水の意味」。

水道の蛇口をひねれば水は飲める・・・、
我々日本人にとってはあたりまえのことだが、ひとたび海外に行くと飲み水は買って飲むもの。

当時、国内でもわざわざ海外のミネラルウォーターを買って飲んでいる人が増えてきており、都会じゃまだしも、山に囲まれた山梨の水道水は充分おいしく飲める環境にあるのに、その恵まれた環境を日々実感して生活していないことが、日本の将来の危うさのようなものを感じたのだった。

おいしい水がのめること、おいしい空気を吸えること、平和に暮らしていること、なんて素晴らしきことか。これだけでもう充分に幸せではないか。
この世の中がいつまでもつづいていくようにと願い作った曲。

この曲を発表した5か月後に、911アメリカ同時多発テロが発生。
そして10年後、今回の大震災。水も空気も故郷も奪われてしまうとは・・・。

想いとは裏腹に事態は深刻化している。

『おいしい水の意味』 

おいしい水を飲んでる でも、それはいつも気付かない
ちょっと思い浮かべてごらん それがそーじゃないとしたら

きれいな空気を吸ってる でもそれはそれほど感じない
ちょっと考えてごらん それがそーじゃないとしたら

そうさ 賢明な君なら もうすでにわかっているはずさ
おいしい水の意味を

いつも平和に暮らしている それはそれであたりまえ
ちょっと想像してごらん それがそーじゃないとしたら

テレビ画面のあの国のニュース 今ほんとに起こっているんだ
ちょっと目を覚ましてよく見てごらん 映画やドラマじゃない

そうさ 賢明な君なら もうすでにわかっているはずさ
本当のしあわせの意味を

可愛いあの娘が気になる でもなぜかうまく話せない
ちょっと勇気を出してごらん なにも気取ることはない

愛するあの娘と暮らしても 2年もすればあたりまえ
ちょっと思い出してごらん あの日のことを

そうさ 賢明な君なら もうとっくにわかってるはずさ
僕の 僕の想い  僕の 君への想い


posted by banjohn_n360 at 01:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 環境 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月21日

大震災前に図書館で借りた本

大震災発生の前の週末、前日飲み会で、甲府の街に置いてきた車を取りに行ったついでに、県立図書館に立ち寄り、何冊かの本を借りた。

そのなかの一冊の本「木材革命」。

今回の地震が来たときに、すぐにこの本のことが頭に蘇った。

この本の序章には、いきなり現代文明の病理と題し、地下埋蔵資源依存型文明の怖さ、典型が原子力、などについて記されていた。

この中で著者は、
「・・・以上総じて、原子力発電は人間とその環境に“優しい”エネルギーの供給というのは嘘であり、逆に、いわゆる原子力の平和利用は現代文明の病理の凝集といってよい。」と言い放っている。

まさか、この本に書いてあることが、1週間もたたないうちに現実のものになろうとは・・・。


ちなみに、著者は、これにかわるべき資源の要件について述べるとともに、この要件を満足する資源は森林−正確には森林生態系−をほかにおいてはない、と述べている。

今は、一日も早い、事態の収束を願うばかりであるが、人類や地球の存続のためには、うわべばかりでない本当のエネルギーの姿について、みんなで真剣に考えていかなければならない。

posted by banjohn_n360 at 12:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 環境 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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